現実

私が孤独に打ちひしがれ、メッセージを送るとあなたは必ずツイキャスでもしてろ豚野郎と罵るけれど、私は牛野郎でも鳥野郎でも増してや豚野郎でもなく、扇風機の前でただビールを飲んでインターネットを見たり、自分の恋人のメッセージやこの間の発言等に心臓を圧迫されていて、それはもう読書なんてくだらないと言わんばかりの酒を浴びた後の私にはどうしても耐えることができなくて。

 

 

ビールを二缶飲んだのは久しぶりだった。レンタルのDVDを意味もなく流していた。グレムリン。そこに出てきたモグワイと呼ばれる生き物。幼い頃にそのキャラクターが変身してしまい人々を襲い、みたいな感じで記憶していたけれどかなり思い違いで、実際には代表的な主人公的キャラクターは最後までグレムリン化することもなく映画は終わってしまう。そこがかなりこの手の映画だと変わっていて、だいたいこういうのって親がリーダーみたいになって襲ってきて複雑な思いでもう一人の主人公の優しい人間が倒して終わりじゃない?みたいな。鑑賞後に実際にもこういったプロットはあったらしいみたいなことを趣味の枠を超えて生活の一部のネットサーフィンが教えてくれたのだが。

 

現代を生きる上で最も重要なのはどれだけ映画を見たかとかどれだけ音楽を聴いたかとかどれだけ本を読んだかとかでもなくてどれだけ人と関わり続けてきたか、コミュニケーション能力の鍛錬、が重要で。それを怠った私みたいな人間はバイト先での久しぶりに訪れた客とのささやかな会話でさえも楽しめないし、当然就職活動だってうまくいかない。毎日のネットサーフィンで身につけたインターネットに入り浸っている人特有の思考回路。毎日の食事で身につけた味覚、と虫歯の数々。あとは何だろう。私に身についているもの。あと、よく人に言われる音楽。でも、音楽を良いと思うセンスなんて誰にでも身につく、というか何となく良いということを自分に言い聞かせていることが結構あって自分にはそんなセンスなんて初めからなくて実は何ていうか何もない私が必死に何とか塗り固めた嘘のような、そんな気がしているので。だから人と音楽の話なんてしたくない。そのことを自分で確信してしまうのが怖いから。だからそういう話をしてくる人たちから逃げ続けてきたのだろうな。このブログを書いている時間で歯磨きをしていたらどれほど有意義だったのだろうと思い始めてきたので、